第3期『おとなの夜学』、第2回は「7時だョ!神仏習合!」

  2017/10/07

岐阜ならではの異色な人々が集まり、「岐阜にいながら知らなかった岐阜のこと」を語る「おとなの夜学」。今年度前期の2回目は「7時だョ!神仏習合!-信長公とカミホトケ-」と題して、神社の禰宜(ねぎ)と寺院の住職による神と仏のおはなしです。9月19日(木)の夜7時、暮れなずむ岐阜城を背景にした金華山テラスに集まったみなさんと一緒に、ザ・ドリフターズの国民的人気コント番組の掛け声に合わせ「7時だョ!神仏習合!」の元気な発声でスタートしました。

ゲストは、中央図書館近くにある岐阜善光寺住職・松枝秀晃さんと、各務原手力雄(てぢからお)神社禰宜・浅野将伯さんです。 岐阜善光寺は伊奈波神社入り口にあるお寺としてみなさんご存知ですよね。でも、参道正面にある寺の建物を伊奈波神社本殿とよく間違えられてしまうと苦笑い。寺は天正10年(1582年)に信長公が長野の善光寺から善光寺如来を勧進したのがきっかけで建立されました。松枝さんはアメリカの大学を卒業された異色の経歴を持ち、ぎふメディアコスモスのツアーガイド「コスモスさん」としても活躍されています。 一方の手力雄神社は、岐阜市・大垣市・各務原市に同じ名前の神社が3社あり由緒もそれぞれ異なるそうです。みなさんご存知の「火祭り」は岐阜手力雄神社の神事のため、浅野さんは「火祭りではない方」と説明を加えるんですよと苦笑い。各務原手力雄神社は、信長公が神に平伏した話が伝わっています。稲葉山城攻めの際に落馬し身動きが取れなくなった信長公は、これを神罰だと恐れて手力雄神社に祈願したところ動けるように。その後も信長公は神社を手厚く保護したそうです。 岐阜善光寺と各務原手力雄神社、2つの寺社ともに信長公との係わりが深いのです。

では「神仏習合」とは何でしょうか。『大辞林』によると「日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと」。「習合」は神と仏だけではなく、菅原道真など人も含まれていて、地域によってはゆるかったようです。古くは奈良時代から寺院に神がまつられたり、神社に神を護るための神宮寺が建てられたりと、神と仏が姿や名前を変えながら結び付けられてきました。その後、仏教の排斥運動により神と仏が離されることもありました。寺社内にさまざまな神と仏が祀られているのは、地域の伝承と祈りが習合のかたちとなってあらわれているのですね。

 さて、神も仏も私たちにとっては「祈り」の対象として同じようなものととらえがちですが、似ているところ、違うところがあるようです。  たとえば「唱えるコトバ」、「手を合わせる対象」、「何を何に祈るのか」、「死をどうとらえているのか」などなど。でも今回の講座は、祈る方法は違うけれど、祈りは「自分自身」だけではなく、先祖、家、国、未来と己を通過点とした過去・現在・未来につながっていることを伝えているようでした。

 次回の「おとなの夜学」は、10月26日(木)。場所を中央図書館の南東読書スペースに移して「邂逅!イサム・ノグチと岐阜提灯 ─明日を照らすモダンデザインの系譜─」をお送りします。どうぞ、お楽しみに。

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