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 昨年夏の子ども司書養成講座で20人の4期生が生まれ、はや半年。
子ども司書が毎月作っているラジオ番組、「小さな司書のラジオ局」の番組作りに、先月から4期生も加わりました。月に2回、第3日曜と第4日曜にあつまって番組作りをしています。1月27日の日曜日、4期生にとって2回目の収録日を迎えました。

 テーマは「男子⇔女子へのギモン」と、「みんなのまわりの都市伝説」。
3期生ひとり以外は全員4期生ということで、どうなるだろう!?とドキドキしながらの本番です。
「男子⇔女子へのギモン」チームは、女子は筆箱をどうしてあんなにしょっちゅうコロコロ変えるんだろう?という男子からの素朴な疑問や、男子ってどうして教室の後ろでいつも騒いでいるの?という女子からのギモン。それぞれ本音をぶつけ合いました。
 都市伝説のチームは図書館の本で調べたり、知っている怖い話をいくつも紹介。
「どうやったら怖さが伝わる?!」とみんなで考え、しゃべり方や間のとりかたを工夫したりしました。
お客さんが笑ってくれたり、うなずいてくれたり、反応のよさに達成感を感じた子も多かったのではないでしょうか。
これからもみんなで助け合い、楽しんで番組を作っていってほしいなと思います。2019年も子ども司書の活躍にご注目ください!

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 そして中学生チームは企画会議の日、ある特別なワークショップをカンチョ-と実施していました。
昨年末、YA(ヤングアダルト)エリアの談話のへやにブックスタンド付きの大きな黒板が登場しました。
これからこの黒板を使って、どんなことができるだろうか、この部屋がどうすればYA世代のみんなにとって居心地のいい場所になるだろうか、ということを考えていく第一歩として実施したワークショップでした。
  自分の好きな本を、自分の好きなように集めた自宅の本棚と違い、図書館の本は手に取っただれかを勇気づけるかもしれない。笑顔にできるかもしれない。
 だから、ただ自分が好きだから、という理由ではなく、「こんな人に読んでほしい」とおススメしたい相手を思い浮かべて本を選びます。そして黒板に取り付けたブックスタンドにその本を置き、それぞれどんな思いでその本を選んできたのか自分の言葉で語り、黒板に言葉をのせていきました。
 それを見ていた子たちのコメントも黒板に描かれ、1冊の本から生まれた思いが言葉となって生き生きと育ち、黒板を彩ります。
大切な本を一人で読むのも楽しいけれど、みんなで言葉を交わすと思いがけない化学反応をおこし、もっと面白いことが待っているのかもしれない。そんなことを予感する時間となりました。
 この部屋のこの黒板はいずれYA世代のみなさんが自由に使っていただくことのできるものになる予定です。この部屋からたくさんの言葉が生まれ、YA世代がことばを交わしあい、ともに読むことを楽しむ場所となっていってくれたらうれしいです。

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第3回 ボランティア茶話会(仮)を1月23日に開催しました。
昨年6月から、2,3ヶ月ごとに開催してきたボランティア茶話会(仮)も3回目となりました。

 10月茶話会で、「何か図書館に関わる作り物をしてみたい!」という声がありましたので、
「今回はマルチメディアデイジーのCDジャケットを切りますよー」とお声(メール)をかけたところ、 なんと、参加者14名!
新記録です! 協働のへやが参加者、職員でキチキチになり、思わず暖房切っちゃいました。

マルチメディアデイジーと図書館資料音声化サービスの宣伝を挟みつつ、 ハサミで紙をチョキチョキ......

単純作業だからシーンとしてしまうかも・・・と心配していましたが、 なんだか、いままでで一番みんな楽しそう!

「手を動かすと、頭も動くし口も良く動くから健康ねー」なんていいながら、あっというまの1時間でした。

 約180名のボランティアともっと密に交流していきたいと思い始めた茶話会(仮)でしたが、
それぞれ活動に対する思いや、こうするともっと良いかもという意見など、 見えにくかったものが見えるようになってきたような気がします。来年度もこの流れのまま、続けて行きたいです。

12月8日、9日にまちライブラリアン養成講座を開催しました。講師はまちライブラリー提唱者の礒井純充さんです。
参加者がそれぞれの「まちライブラリーを始めてみたい!」、「本を通じて人と人とのつながりを生み出したい!」という思いを持ち寄り集まりました。

まちライブラリアン1_s.jpg 1日目は、礒井さんからまちライブラリー発足の経緯や、まちライブラリーにかける思い、全国の事例などをお聞きしました。
まちライブラリーはひとりひとりが「育てていく図書館」。並ぶのは、売り文句ではなく純粋に一人一人が読んでほしいと思って選んだ本と、本を読んでつづった「伝えたい言葉」です。日本全国、どこへ行っても同じ商品を手にすることができ、同じ"いらっしゃいませ"と"ありがとうございました"が聞けるコンビニは確かに便利だけれど、感想カードでのやりとりという「めんどうくささ」のなかにこそコミュニティができ、そこから生まれる人間関係があると礒井さんはいいます。
 たくさんの本がなくてもいい。「まちおこし」とか大きな野望や目的がなくてもいい。むしろ、「自分がこうしたいからするのだ」というモチベーションから創出される行動力こそがまちライブラリーには欠かせないのだそうです。「本が好き」という気持ちや「我が事」を追求することがやがて誰かの「我が事」と重なり、息の長い活動につながるのだと感じました。

 2日目は、まちライブラリアンとしての第一歩。いよいよ自分だけの本棚づくりのワークショップです。
テーマを決めて本を集め、段ボール箱で自分だけの本棚を作ります。それぞれ熱い思いを持って参加された参加者のみなさんは、細部にまでこだわった個性的な本棚を、時間いっぱい使って思い思いに作成していました。作業中はそれぞれが作業に没頭、会場には静かな熱気を感じます。中には自宅からたくさんの大切な本を持参されて完成した本棚に飾る方もいて、ひとりひとりの経験と想いがあふれる、「こころ」が垣間見える本棚が完成しました。
 全員の本棚が完成したところで、それぞれどんな本を置く、どんな本棚を作りたいのか、どんな空間にしていきたいのか発表します。参加者の中にはすでにまちライブラリーを始める準備を進めている方もいて、明確な想いを持って参加されたことがよくわかりました。
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  最後に、まちライブラリアンの認定証を吉成館長から授与、2日間の講座が終わりました。
参加者の皆さんは晴れてまちライブラリアンに!今日やったことがそのまま、まちライブラリーになっていくし、次に行動を起こそうとする方の勇気につながるので、ぜひ形にしてほしいと礒井さんもおっしゃっています。
 この2日間が、今後、まちのなかに本を通じて人と人がつながる場所がたくさん生まれる、「種」となることを願っています。

 11月17日(土)に南東読書スペースで、人権イベント「発達障がいってなに?~カラフルな人たち~」を開催しました。
(岐阜市立図書館では、一般財団法人羽田人権文化基金からの寄付により、青少年の健全育成に関する図書を購入しています。)

 最近は、大人の発達障がいにまつわるニュースや、発達障がいを告白する芸能人も増え、『発達障がい』という言葉を耳にすることが増えましたが、まだまだどういう障がいなのか知らない人も多いのではないでしょうか?

 今年は岐阜県発達障害者支援センターのぞみから発達相談員の岡田宏子さんをお迎えして、『発達障がい』の基礎知識から『?』な行動の理由や事情についてお話しいただきました。

  たとえば、「うちの子、約束を守らないんです」というお母さんがいました。岡田さんは、それは本当に"約束"ですか?その子にとっては、ただ「こうしなさい!」と言われて「うん」と答えただけで、約束とは思わなかったかもしれませんよ。と言葉をかけます。一方的に子どもとただ向き合うのではなく、きちんと会話することで、解決できる問題があることを伝えます。
 また、先生の周りをぐるぐる回っていた子どもに、「どうして、先生の周りをぐるぐる回るの?」と聞いてみると先生にどうやって声をかけたら話しを聞いてもらえるかわからないと、困って回っていたという事実が分かった話。何かきっかけになる言葉があればいいね、と一緒に考え、まず「あのー」と声をかけると、「どうした?」と返してくれるのではないと、仮説をたててみたそうです。
相談員として、元教員として、または発達障がいの子を持つ親としての視点で語られる「発達障がい」のお話は、聞きたいと思ってもなかなか聞けない貴重な時間でした。

中央図書館のエントランスでは、12月24日(月・祝)まで発達障がいに関わる本の展示も行っています。
発達障害者支援センターのぞみのパンフレットなども配布しています。ご興味のある方は、来館の際、ぜひご覧ください。

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 11月10日(土)、みんなのホールで映画「ふるさと」の上映と、トークセッション「土に根ざすもの、風景の記憶‐徳山村が残したもの‐」を行いました。 第一部の映画上映では、消えゆく徳山村の美しい自然の中での老人と少年の絆に涙を流される方もいました。

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 第二部のトークセッションでは、児童文学作家の平方浩介さんと、写真家であり、映画監督でもある大西暢夫さんをゲストに、吉成館長とトークを繰り広げました。 平方さんは映画「ふるさと」の原作「じいと山のコボたち」の作者で、映画撮影当時は全校で20名程度の小さな学校、徳山村徒入分校の教員をつとめていました。平方さんは「自分は何も教えていない、子どもから学ぶことばかりだった」とおっしゃいます。
 また、「よく子どもは未完成な人間だといわれるけど、子どもこそが完成された人間で、そして、年を重ねるごとにだんだんと壊れていくものなのだ」、という言葉も印象的でした。大人が子どもより優れているのは経済行為など限られた場面のみであって、子どもと付き合う中で自分を恥ずかしい存在だと感じられたそうです。徳山村で子どもと向き合い、過ごしてこられた平方さんの「子ども観」にはとても説得力がありました。

 大西さんが初めてこの映画「ふるさと」を観たのは中学生の時。池田町出身で徳山村が近かったこともあり、映画を観る前は日本一のダムが近所にできる!という誇らしささえ感じていたそうです。しかし、学校で見た映画に衝撃を受け、「人前でなんて絶対に泣きたくない年代だったけれど泣いてしまった、本当に泣いてしまった」、という言葉が心に残りました。その後、「カメラばあちゃん」の愛称で呼ばれた徳山村のアマチュア写真家、増山たづ子さんの写真展の手伝いをしたことをきっかけに徳山村とそこに生きる人々を追い始めます。日が暮れたら眠る、自然の中でつつましく生きる、動くものはとにかく抑え込む、いわば「動くものはすべて食べ物だ!」と言わんばかりの野性的な、'攻め'の生活。「徳山は衝撃的におもしろかった」のだという大西さんの言葉もありましたが、トークセッションを聞いていると、自然の中で生きること、死ぬこと。ダムの話だけでは語りきれない圧倒的な【何か】を感じました。

 そして、「徳山村」はまだ終わっていません。大西さんは村の「その後」を今も追い、映画「水になった村」を撮り、そしてその後日談としていま新たに本にまとめているそうです。映画を撮っていた時にはわからなかった言葉も、今だから理解できるそうです。

 自然とともに生きるということ、死ぬということ。記録すること。記憶すること。これから岐阜で暮らしていこうとする私たちは、徳山のかつての暮らしも、今の私たちの暮らしも、残していきたい、忘れることなく残していかなければならない、そんなことを考える時間となりました。

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 10月27日(土)、「桐島、部活やめるってよ」や「何者」の作者として著名な岐阜県出身の作家、朝井リョウさんをお招きして『目指せ直木賞作家!ぼくのわたしのショートショート発表会』を開催しました。第4回目となる今年は過去最多の114作品が集まりました。動画の作成など、世相や流行を反映したものからストレートな恋愛もの、背筋の凍るホラーまで幅広く意欲作が集まり、朝井さんは選考に大変苦労したそうです。その応募作品から事前に朝井リョウさんが選ばれた8作品を、作者の中高生が自身の朗読で発表し、朝井さんから1人ずつ講評をいただきます。
 
 朗読が始まると、ぐっと会場の空気が引き締まり、観客は物語の世界に引き込まれます。朗読が終わると朝井さんは中高生と直接言葉を交わし、作品1つ1つにコメントしていきます。朝井さんから「落ち着いた文体だね!若い時って僕もそうだったけどとにかく飾りたくなって余計な言葉をたくさんつけてしまって、というものなのに」とか「単語一つ一つで間接的に、'この家には何かあるぞ'と思わせるあやしさ、情景がうかぶ語彙力がすごい!」など、書き手ならではのコメントに中高生も作品の着想を得たきっかけや普段自分が作品を書くときの気持ちなどを生き生きとこたえていました。
 また、ある子が作中で書いていた、「結構本気で好きだった」という文章で、ただ「好きだった」と書くより、「結構」という一言があることで一気にリアルさが増すね!など細かいところにまで注目したり、他県からの参加者の作品には「岐阜ではこの言葉は出てこない!」など、郷土作家だからこその言葉もあり、会場からは朝井さんのコメントにたびたび歓声が起こりました。

 日常の中の小さな心の動きや生活の中の小さな変化は気づこうと思って気づくことのできるものではなく、また、気づいたとしても受け流してしまった方がずっと楽で大半の人はそうしてしまうものです。
 文章力はいわば筋トレのようなもので、トレーニング次第だけれど、作家になるには、気づきの「視点」があるかどうかが重要です。「それ」に気づき、そして言葉に表す力は特別な「ギフト」のようなものだと朝井さんはおっしゃいます。書くことを選んだ彼らは、朝井さんのいう「ギフト」を受け取った8人なのではないでしょうか。
  「自分の書いたものを受け取ってくれる人の存在を視覚的に確認できるのは、書き手にとって大きな勇気、'エンジン'になる。これからもここで中高生の力を見守ってほしい」と最後に、中高生の朗読を見守った観客へ、朝井さんからメッセージもありました。  
 
 控室に戻った後、館長と出演した8人の中高生で振り返りをしました。「もっといろんな作品を書きたい」「自分の概念が壊された気がする。すごくいい刺激をもらえた」「好きで書いていたけれど、これからも小説を書き続けていいんだよと言ってもらえた気分」などそれぞれ自分の言葉で今の想いを語りました。みんな本番が終わって、朝井さんから言葉をもらい、ほっとほころんだ表情の中にも「書く」ことへの彼らなりの決意が垣間見えた一瞬でした。館長からも「うまくある必要はない。それぞれの世界観をぶつけあい、そして朝井さんもそれに同じ立場で向き合ってくださった。とてもすがすがしい時間だった」とエールを送りました。朝井さんと自分の書いた作品について語り合う、という経験が、今後彼らが前に進んでいくエンジンとなることを願っています。

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 あい愛ステーションに岐阜市立中央図書館から本棚がやってきて半年が経ちました。
毎月テーマを変えて図書館から本を展示しています。

 いま、柳ケ瀬周辺、岐阜に暮らす人にとって身近で、手に取りたくなるような'生活感'のあるテーマを、と思って毎月本を選んでいます。 これまでのまち×としょかんライブラリーの展示本は以下の展示タイトルをクリックするとご覧いただけます。ぜひ図書館で探してみてください。

【これまでの、としょかん×まちライブラリー】
・4月テーマ「本と、映画と、柳ケ瀬と。
・5月テーマ「電車で旅に出たい!
・6月テーマ「Road to サンビル -サンデービルヂングマーケットへの道ー
・7月テーマ「岐阜の夏は暑くてアツい!!
・8月テーマ「背筋がぞわぞわ~っ こわい本
・9月テーマ「いしのはなし

 そして、10月のテーマは「柿づくし」。
岐阜県の秋といえば、富有柿。ケーキやチョコレートなどの砂糖菓子がなかった時代には大事な甘味でした。
そんな甘くておいしい果物としての柿はもちろん、岐阜の和傘にも使われている柿渋に柿の葉寿司、俳句や昔話など生活になじみ、使われてきた奥深い柿の世界へ、みなさんを誘います。

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 今月から展示本に小さなコメントカードをつけています。
あい愛ステーションで本を手に取って読んでいただいたとき、生まれた気持ちを気軽に残してくださるとうれしいです。

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 私たちの暮らす岐阜のまちがこれまで育んできた文化や歴史を図書館から発信しよう、という「おとなの夜学」。
岐阜ならではの異色な人々が集まり、「岐阜にいながら知らなかった岐阜のこと」を語ります。

 9月20日(水)に第2回おとなの夜学、「100年前の温泉開発に賭けた熱き漢の物語-金華山頂に湧き出た『金華鉱泉』の謎-」を開催しました。ゲストの宮部賢二さんは金華山の裏の裏まで愛し、熟知している金華山研究家。季刊誌「金華山だより」の発行人でもあります。 約100年前の明治末期、金華山の山頂に鉱泉が湧き出ていた...!その名も「金華鉱泉」。
あの山の頂上で温泉が出ていたなんて!?今月の夜学は、今ではちょっと信じられない夢のようなホントのお話。

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 明治時代、金華山山頂付近にあった古井戸からわき水が出ました。
そしてその水を沸かしてみたところ、なんと真っ黒に。温泉成分を含む水であることが分かったのです。
そこからの動きは大変素早いもので、その年の年末にはもう山の中にパイプがひかれ、金華浴場がオープンしました。その浴場の経営者だったのが、澤田文治郎という人です。御手洗池から山頂までパイプをひいて作られた金華浴場の運営は9年間ほど続きました。現在はその場所に護国神社の社殿が建っています。
 金華浴場の経営に携わったこの澤田文治郎というひとを、一言であらわすなら「めげない人」だったと宮部さんは言います。
明治2年に岐阜市港町に生まれ、名古屋の書店で丁稚奉公をしながら独学で閉店後にお店の本で勉強。のちにホテルや芝居小屋、養蚕の会社などさまざまな事業を手にかけていきます。そのたびに火災や経営難に陥るのですが決してめげることなく、新しい挑戦を常に探しているような人でした。

 宮部さんを金華山へとかきたてるものはいったい何なのでしょうか。
幼い時を岐阜市で過ごされた宮部さんにとって、岐阜市のためになにかできないだろうか、という思いが常にあるそうです。
幼い時を過ごした場所、岐阜のにぎわいを取り戻すために何か動かずにはいられない、そんな思いで、『金華山だより』の発行にこぎつけました。後半は、宮部さんが発行されてきた『ウラキンカザンダヨリ』から、いくつか宮部さんのリサーチの結果とともにエピソードをお話しくださいました。'松尾芭蕉が伊達藩を調査する忍者だった!?'など、すべてが本当のことかどうかはわかりませんが、昭和の時代の岐阜のにぎわい、面白さを垣間見ることができました。長良川交通公園にプールがあったという話題が出ると、かつてのパンダプールの写真を参加者の方も懐かしそうに見ておられました。

 これから岐阜はどうなっていくのでしょうか。
宮部さんは、『残すものは残していくことが大事だ』といいます。
インターネットでだれでもすぐに答えをさがせる時代です。でも、それは本当の答えではないことも往々にしてあり、自分で検証し、本当かどうかを判断し、情報を選び取っていくことをしなければなりません。特に今回お話しいただいたようなことはどれも、ウェブだけでは探し切れない資料ばかり。宮部さんの調査に対する情熱、それに突き動かされ何度も現地を訪ねる行動力に通じる言葉に、『保存すること』を大きな使命とする図書館の役割を改めて感じた時間となりました。

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 最後に、もし10億円あったら金華山山頂に戦国パークを建設したいという宮部さんの妄想(!?)夢物語を語っていただき、第2回のおとなの夜学は終了しました。 妄想と現実が絶妙にからみあったユーモアのある語りに、大変盛りあがった夜でした。

こんにちは。
ぼくのわたしのショートショート発表会(通称ぼくわた)担当者です。

開館記念イベントとして始まった当イベントもおかげさまで4回目となりました。毎年中高生たちの作品をいの一番に読むことができる、私にとって新型iPhoneの発表よりも楽しみにしているイベントです。今回応募いただいた作品数はなんと114作品。予想を大きく超えてきました。これまでで一番多かったのは第2回の68作品ですから過去最多を大きく更新しています。中高生の皆さんの関心が広がってきていると思うと本当にありがたいです。

さて今年もこの中から「ぼくのわたしのショートショート発表会」で発表してもらう作品を選考すべく、東京は神田神保町の集英社さんに行ってまいりました。あの鳥山明先生やさくらももこ先生も出入りしたであろう由緒正しいビルに入りますと、入り口近辺で「ジョジョの奇妙な冒険」の展示コーナーがどーんと。ジョジョ世代の私は足を止めてオラオラとみていきたかったのですが、約束の時間が迫っていましたので泣く泣くスルーしました。

今回朝井さんへの手土産にお持ちしたのは三輪の日本酒「達磨正宗熟成三年」。古酒の中では比較的飲みやすく、それでいてまろやかな味わい。岐阜らしい手土産をと思いお持ちしました。こんな重いものを手土産として朝井さんに押し付けてしまうことに少々の罪悪感を覚えましたが快く受け取ってくださいました。

さっそく朝井さんと担当編集者さんと私の3人で打ち合わせを始めます。3人で打ち合わせといっても私は「なるほど~、なるほど~」と呆けた顔で言っているだけなのですが、なにしろ114作品ですので選考にも時間がかかりました。今回8作品を選考しましたが本当はもっともっと紹介したい作品がたくさん。例えば「ぱんつくったことある?」という問いに対してどう答えるのが正解なのかということを延々考えるというだけの小説を書いてくれた女子中学生がいて、すごくどうでもいいことなのに最後まで気になって読んでしまいます。「鉱石を喉に詰まらせ」という作品は非常に文章が上質で、彼にしか書けない世界観を描いています。岐阜や愛知だけではなく東京や神奈川、群馬といった遠方からも応募がありました。正統派のショートショートらしい淡々とした作品や人間の内面を暗喩的に表現した作品、ホラーや青春もの、SFなど、バラエティに富んだ作品群でした。特に十代ならではの題材や表現がある作品は目を引きましたね。今回打ち合わせに3時間もかかってしまったのですが、朝井さんも編集者さんも終始笑顔で話しておられました。みなさんの作品を肴に楽しく話をさせていただきました。もちろん古酒は飲んでませんよ。念のため。

そんな中から朝井さんが選定した8作品はこちら。(五十音順)
「感情カメレオン」
「コンテスト」
「自分にとっての楽園」
「日曜日の消し方」
「正夢彼女」
「虫」
「唯一無味」
「床下」

とてもレベルの高い作品たちです。「コンテスト」とは果たして何のコンテストなのか。「床下」にはいったい何が!?知りたい方は是非10月27日(土)開催「第4回ぼくのわたしのショートショート発表会」にお申し込みください。待ってます!→観覧申し込みはこちら

また、イベントでは今回選ばれなかった作品も含めて114作品を収録した作品集も配布しますので、その他の作品が気になる方もぜひお越しください。はたして「ぱんつくったことある?」という質問に対する正しい答えはあるのでしょうか。

私たちの暮らす岐阜のまちがこれまで育んできた文化や歴史を図書館から発信しよう、という、「おとなの夜学」。
おとなの夜学が今年も帰ってきました。岐阜ならではの異色な人々が集まり、「岐阜にいながら知らなかった岐阜のこと」を語ります。 2015年に第1期が始まってから変わらずたくさんの方が注目する、人気イベントで、今回で第4期目になりました。

8月22日(水)に開催された記念すべき今期第1回目のテーマは、
「タモリさんとブラブラ歩く-信長が夢見た'平和の都'を巡るバーチャルまちあるき-」。
昨年12月にNHKで放送されたブラタモリ・岐阜編は、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

今回の夜学はブラタモリ岐阜を再考する、ということで番組中の裏話なども伺いました。
ゲストはブラタモリで案内人を務められたおふたり、岐阜大学地域科学部学部長の富樫幸一さんと、岐阜市教育委員会社会教育課の高橋方紀さんです。富樫さんは金華から柳ケ瀬、加納までまちあるきガイドをされていた経験から地形や歴史地図を用いての解説を、そして高橋さんは長年信長居館跡の発掘にも関わってこられた経験を踏まえて織田信長公の岐阜の足跡を解説してくださいました。

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 織田信長、というと「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」ということばからもわかるように、残忍で残酷で、すぐ人を斬る恐ろしい武将、という歴史的なイメージを持たれているように思います。その織田信長が、「平和」を望んでいたのでしょうか。
 しかし、「おもてなし」という切り口で見ると信長がいかに客人を大切にもてなし、楽しませようとしたかという全く違った姿が
浮かび上がります。たとえば信長が建てた岐阜城とその周囲の庭園は大変華やかできらびやかで、軍事的な要素を持たず、客を招いてもてなすための迎賓館の役割を担っていたように見受けられる、と富樫先生はおっしゃいます。
 山麓の屋敷で食事を振る舞い、歌や踊りでもてなし、山上の城では金華山から城下町を臨む展望でもてなし、長良川では鵜飼でもてなす。そこにはそのおもてなしの数々で客人を驚かせ、満足させることを楽しんでいた信長の姿がありました。
人の喜ぶ顔を見ることを楽しむ、信長はとても人間的で、冷酷な恐ろしい人という歴史的な先行イメージとは全く違う人物像がうかがえます。

 また、ブラタモリの放送でタモリさんも注目していた、岐阜城の「チャート」。
金華山はおもに赤色や灰色をしたチャートと呼ばれる岩石でつくられています。チャートは、大昔海にいた放散虫が海底に蓄積しできた地層です。それが何億年・何百万年かけてプレート運動によって現在の位置に移動し、隆起し、侵食され現在の金華山の形になったのです。信長はこのチャートを城の石垣に使用し、岐阜城を築城しました。チャート層の岩石は非常に硬く、平野にそそり立つ山として残ったため、その山頂に築かれた岐阜城は威圧感のある、難攻不落の城のように感じます。そのような城を作ることによって「戦わずして勝つ平和な城」を築いたのだと番組でも解説されていました。自然の岩肌さえも自分の力を見せつける道具に変えてしまう、そんな力が織田信長にはありました。

 信長はとても見栄っ張りで、訪ねてくる客人に対して「どやっ」とばかりに力のある自分を見せつけたかったのではないか。そのようにゲストのお二人はおっしゃいました。そしてどのようにすれば世間に対して自分の力を一番効果的に見せることができるのか、を知っている、プロデューサーとしての力があった人物でもありました。 暴力ではない形で民を安全に守りながら、力のある自分をみせつけ世界を変えていきたいという革命家信長の想い、新たな姿を知った気がした第1回目のおとなの夜学でした。