昨年度から新しく始まったイベント「作家と語ろうin岐阜」。
普段なかなか岐阜でお会いできない作家を招いて、本のこと、本棚のこと、作家になるにあたって影響を受けたものなどを話していただくイベントです。今回は大学在学中に『日蝕』で芥川賞を受賞し、最新作『ある男』が読売文学賞を受賞したほか、現在本屋大賞にもノミネートされている小説家平野啓一郎さんをお招きして、「わたしのライブラリー-綴る・読む・集める-」と題して、吉成館長が聞き手となって、お話いただきました。
最初に子どもの頃の読書について、吉成館長から平野さんに尋ねました。
平野さんは愛知県で生まれ、幼い時に父親を亡くされた後、母親の実家がある北九州市に移り、そこで高校時代まで過ごされました。どちらかというと本を読むのが嫌いだった少年時代でしたが、小学6年生くらいから学級文庫のベーブルースやエジソンなどのアメリカの偉人の伝記や図鑑、江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」などを読み始めます。この「アメリカの偉人の伝記」というキーワードに平野さんと吉成館長の間で通じるものがあり、会場も盛り上がりました。
本を読むのは嫌いだったけど、作文は得意だった平野さん。作文を書くのに話を「盛る」こともあり、それで一大事になりかけたエピソードも披露してくれるなど、吉成館長の質問をきっかけに子どもの頃の平野さんが徐々に明らかになるにつれ、会場も沸きました。ちなみに、母親が資格取得の勉強のために図書館に通っていて、その間に図書館の本を読んでいたのが、少年時代の平野さんと図書館との繋がりだったそうです。
「小さい頃になりたかったものは?」という吉成館長の質問に対し、平野さんは小学1年生の頃はプロレスラーに憧れ、その後は野球やサッカーに興味を持ち、そして中学時代にはバンドを組んだので、ミュージシャンになりたいと思っていたそうです。また、三島由紀夫との出会いについて話が及ぶと、学校の先生が三島由紀夫を紹介したことがきっかけで、三島由紀夫の作品を読み始めていきます。ちょうどその頃は通学に1時間を要し、読む時間には困っていなかったとのこと。三島由紀夫の『金閣寺』は寝食を忘れて読み耽った1冊で、その後エッセーなどで紹介する三島由紀夫が好きな作家の本も読み進めていきます。岩波文庫の本を読む際に巻末の紹介本を消していくのが楽しかった、という平野さん。このあたりで、現在の平野さんを構成する要素が徐々に加わっていきます。
小説家を目指すようになったきっかけについて吉成館長が質問すると、平野さんは中学生になって日記用ノートを買い、いろいろ書き留める日々の中で、部活帰りで遅くなったある日、駅でレールを眺めていた時に月明かりが照らされていた光景を書き留めたこと、17歳の頃には書きたい衝動にかられて70~80枚の小説を書き、お姉さんと国語の先生、友人に見せたことなどを明かしてくれました。その後、周りが大学の受験勉強を始め、それに合わせるように受験勉強を始めた平野さん。京都大学法学部に進学した平野さんは、北九州では目にしなかった本を大学時代に目にすることで、小説家になりたい気持ちが芽生え始めます。当時の世相を交えながら吉成館長がその頃の平野さんについてうかがうと、インターネットが今ほど普及しておらず、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などが起き、世間では世紀末思想や神秘主義なども流行っていました。大学生活そのものは楽しかったものの、どこかモヤモヤする気持ちもあり、そうした気持ちを解消する術がなかったそうです。
「自分が何をしたいのか、何をしていったらよいのか」という、今の若者が抱く悩みや気持ちに共感すると言う平野さん。
SNSが当たり前にある現在、周囲とさまざまな方法でコミュニケーションを行い、その力を求められながら、「自分らしく生きなさい、個性を伸ばしなさい」と言われる昨今、「どの自分が本当の自分なのか」が曖昧であることを忌避する風潮があります。それに対し自分を相対化し、どの自分も本当の自分であるということを受け入れても良いのではないか、また職業選択の際に「1つに決めることが求められる職業で、自分が何をしたいのか?」という重い課題が10代・20代の若者に課せられる状況、などを踏まえ、2009年に『ドーン』を描くあたりから平野さんは「分人主義」という概念を主張されるようになりました。90年代頃から見られ始めた「自分探し」のような風潮、図書館における多様性と絡めながら、吉成館長もこの考え方に同調しました。
本棚の話にも及ぶと、現在の平野さんの本棚には膨大な本があり、しかも毎日たくさんの本が送られてくるため、所持する本の冊数はわからないそうです。仕事部屋のほかに3か所ほど倉庫を借りているほか、ご実家にも保管しており、さらにもう1ヶ所部屋を借りているそうです。本の整理が追い付かず、部屋の中でボーっとしている時に空いているスペースを見つけて本を置いてみることもするとか。膨大な本の中から探すのが難しいので、ついamazonで買ってしまうらしいです。
その後の参加者との質問の時間では、IT化が日本より進んでいる隣国中国の杭州図書館への出張で体感してきたことを踏まえて吉成館長が触れた電子書籍の是非や、田舎と東京で住んでいる時では大人からいろいろなきっかけを与えられることに違いがあるのか、作品を生み出すエネルギーの源は何か、小説を書くことをやめたいと思ったことはないか、など参加者からの幅広い質問に答えてくれた平野さん。
自身の今後の予定なども話してくださり、最後に図書館で所蔵している本で、平野さんがお薦めする本を紹介いただきました。1冊目は三島由紀夫『仮面の告白』。初版本を完全復刻したもので、古い文体のままの本です。もう1冊は遠藤正敬『戸籍と無戸籍』。最新作『ある男』を描くときに参考にされた本です。貸出可能なので、気になる方は是非手に取ってみてください。
参加された方々は20~80代と非常に幅広く、あらゆる世代に平野さんの作品が支持されていることがうかがえたイベントでした。質問された方も平野さんより若い方が多かったにもかかわらず、そうした若い方の感性に響くような回答をし、他の参加者からもそのやりとりに好感を抱いたというアンケート結果が印象的でした。 本屋大賞の発表も含め、今後の平野さんの動向に図書館も注目していきます!