1月8日(日)みんなのホールにて、作家の小川糸さんをお招きして「読書推進トークイベント 日常の中にある豊かな暮らし」を開催しました。聞き役はぎふメディアコスモスの吉成信夫総合プロデューサーです。吉成総合プロデューサーが岩手でつくった「森と風のがっこう」に糸さんが訪問されるなど以前から親交のあったお二人。なごやかな雰囲気のなか、おはなしがはずみました。
まずはどんな環境のなかで小川糸さんの作品は生まれてきたのか、「暮らし」に焦点を当ててお話を伺います。水と空気がきれいな場所に身を置きたい、という思いから昨年長野県に山小屋を立て、そこで新しい暮らしを始めた糸さん。人が暮らせるギリギリという標高1600メートルでの暮らしについて、語ってくださいました。
夜、道路で寝転んで星を見る幸せや、人生初めての薪ストーブを使っての暮らし。今はいろいろなことを石橋をたたきながら、なにができるのかやってみている「おためし期間」なのだそうです。山での暮らしをはずむように語る糸さんは「ウキウキ」「ルンルン」といった言葉がぴったりで、新しいことを知ったり、できることが増えてちょっとずつ成長していく自分がうれしい、と本当に暮らしのなかの一つ一つを楽しんでいるようでした。
また、山での暮らしを始める以前は、ドイツのベルリンで3年ほど生活されていました。毎年夏だけ行く生活を続けて10年くらいたったころ、もっと深く知りたい、作家はどこにいてもできる、という思いでベルリン生活を始めたそうです。ベルリンは「住んでみたらとても"楽"な場所だったんです」と語る糸さん。暮らしの中に息づいている「もったいない」「おかげさま」の精神があり、そこに暮らす人はどんなことも楽しみながら工夫しているそうです。日々の暮らしの中から遊びながら、「楽しいから」「そのほうが気持ちがいいから」やっている感じがいいんですよねえとのびやかに語られる姿が印象的でした。
トークの後半は糸さんがそんな環境で紡がれてきた作品への思いや、「書く」ことに対する原点について、うかがいました。
本屋大賞にノミネートされた「ライオンのおやつ」は瀬戸内の大三島(おおみしま)がモデルになっています。瀬戸内の海は穏やかだけど実は流れが激しくて、そのさまが死と近くにあるひとの穏やかではないだろう心情や感情と通じる部分があるような気がして、瀬戸内の海を作品の舞台に選ばれたそうです。この作品で暗い、痛いだけではない「死」を描きたかった、という糸さん。
プロデューサーが、「"おやつ"という言葉には幸せと結びついている記憶がありますよね」、というと、糸さんも「"おやつ"は「食事」と違って笑い声や優しさと一緒にあって、自分の人生にこんな幸せな場面があった、と最後に自分の人生を肯定できるような気がして」、とこの題材を選ばれた理由を語ってくださいました。どんなに死が近くにあっても生きている限りやり直せるし、終わっていない、という糸さん。生きること、死ぬことどちらも自分の意志でどうにもならないことがあり、時に恐怖を感じることもありますが、そんな『得体の知れない恐怖』を『だいじょうぶ』に変えてくれるのが、小川糸さんの物語のような気がするのです。
糸さんの『書く』ことの原点は子どもの頃から日記に創作の物語を書いていたこと。本に携わる仕事につきたいと思いながらも10年くらいは真っ暗なトンネルの中にいるような状況が続いたこと、これがだめならあきらめよう、という思いで書いた作品がデビュー作の『食堂かたつむり』だったこと。うれしい、楽しいだけでは成り立たない、ままならない感情や状況の中にも喜びを見つけていけたら、と思って作品を書いている、という言葉には、作品の一読者として、「そうそう、そんな作品の主人公たちと励まし合いながら私もがんばってきたんです」という思いで大きくうなずきながらお話を聞いていました。
会場やZoom観覧のお客さんからの質問にもたくさん答えてくださいました。なかでも印象に残ったのは、子どもたちに送った言葉です。
「糸さんが今まで読んだ本で、これは読んだほうがいいと私たちにおすすめする本は?」という子どもからの問いには、"これ"という一冊の"これ"は一生をかけて一冊と出会えれば十分だと思うので、そんな出会いをするために読書を続けるのかな、と思います。」と、また、子どもたち、未来を創っていく人へ伝えたいことは?という問いには「自由というのは当たり前にあるものではなく意識をして守っていかないといけないもの。自分の自由を守るために具体的に行動して」と強いメッセージを送ってくださいました。
凛としていて、でも終始やわらかなトーンと雰囲気で言葉を選びながら大切にお話してくださる糸さんのお話は大変興味深く、新しい年の始まりに心が晴れるような、すがすがしい気持ちになれた時間でした。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!