10月29日(日)に開催された、第9回ぼくのわたしのショートショート発表会にて先行された8名が当日発表した作品と、朝井さんのコメントの一部をご紹介!8者8様、いずれの作品もちがった魅力を持っている力作で、朗読を聴きながらその作品の世界観にぐいぐい引き込まれました。
『可愛いトマト』
かわいいタイトルとは裏腹に、ぞっとする読後感を持つこの作品。「短文をたたみかけていく文体で、必要最低限の情報だけが与えられる感じが、恐怖をあおってくるよね」、と朝井さん。トマトが大好きで、こんな感じでトマトがあればいいなあって思って・・・とこのテーマを選んだ理由を明るく語る作者に会場からも「えぇっっ!!」とどよめきが起こりました。怖がらせるつもりでないことが逆により怖さを助長させているのかもしれません。
『8月30日に削除されたブログ』
『はっきり結果が出て、レース中に死ぬ可能性があるスポーツは...と考えてこのテーマ選びにした。そこからそれっぽい名前を考えて...』と語る作者の言葉を聞いて思わず「作家としゃべってるみたいですね!」と驚き感心する朝井さんが印象的でした。またレーサーにいそうな名前、ということでつけられたこの作品の登場人物の名前が絶妙にリアルで事前に作品を読んでいた図書館の職員も朝井さんも思わず「実話なのかな?」と名前を検索してしまったほど。朝井さんによると登場人物の名づけは作家の大変な仕事のひとつで、文章になじまない名前のせいで読書の集中力が途切れてしまうということがままあるそうで、「それっぽさ」がとても大事なのだと力説されました。
『認めない平下』
全148作品が集まった今回の「ぼくわた」のなかでも異彩を放っていたというのがこの作品。ただただ、「クラスメイトの平下が認めない」ということだけが書かれているのです。「あまたある現象の中でなぜこのテーマ選びなの?」と朝井さんが尋ねると、なんと実際に友人の「平下君が認めない」ということが実際にあり、その時のことを書かれた作品なんだとか。会話文のリアリティも、実話だと思うとうなずけます。
『唐揚げが降った日』
ドキッとしたり、ぞくっとさせられることの多いショートショート作品の中でもハートフルでほっこりするこの物語が光っていた、と朝井さん。タイトルもいいし、オチもきれいに決まっておもしろくてすてきですよね~と語る朝井さんの言葉に観覧するお客さんも「うんうん」とうなずき、会場がほのぼのとした空気に包まれていました。
『自販機センチメートル』
「この作者は一文一文にカロリーをそそいで書いていることがよくわかる」、と朝井さん。何気ない会話や恋をする主人公の相手のことを思う時間やその姿が映像として浮かぶような文章表現に、胸が締め付けられるような雰囲気をまとった作品でした。
『ステップ・アップ』
人間のネガティブな感情に焦点をぐっとあてたこの作品。校舎を舞台に「見下ろす」「見上げる」などの物理的な描写で心情を表現するなど意識してテクニックが使われている様に朝井さんも感心されていました。昨年もこの作者の作品は人間の「いや~な感情がクローズアップされた作品」で選出されています。ぜひ、作品がまとう「最悪な雰囲気」を味わってみてください。
『春の日の信号機』
「まず、書き出しが素晴らしい」と朝井さん。確かに書き出しを読んだだけでこの人物の性格や普段の暮らしが目に浮かぶのです。物語の最初と最後で周りから見るとわからないけれど心の中には大きな変化が生まれている、ということがままあり、それを表現できるのが小説のいいところだと、朝井さんは語ります。信号機という、『だれもが見たことのある身近なものをきっかけに思考のスイッチが押されるのは「モノを書く目線」をあなたが持っているから。それはあなただけのギフトかもしれない、と言葉を選びながら作者に語りかける姿が印象的でした。
『脱獄』
朝井さんいわくショートショート、ときいて多くの人がイメージするものにぴったりくる、王道のような作品。途方もない遠いところにある世界を語っているようにみえて実は自分の暮らしや社会の在り方について考えさせられる読後感にドキッとさせられます。星新一さんのような作品を書きたい、書けるかな、という思いで書き始めたそうですが『幸せってなんだろう』、とか人間の本質、というところまで考えさせられる、8作品の締めくくりにふさわしい、ピリッとした緊張感とインパクトのある作品でした。
以上の作品はホームページで全編お読みいただくことができます。また、選考された8作品を含む全148作品が収録された作品集は図書館の蔵書としてどなたでもお読みいただけます。ぜひお楽しみください。