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知らなかった岐阜を知る「おとなの夜学」第12期、第59夜開催!

ブログ2026/10/30

知らなかった岐阜を知る「おとなの夜学」第12期、第59夜開催!

べらぼうな岐阜遊里史と柳ケ瀬形成史
 ~近代岐阜市幕開けの影に咲く~

「知らなかった岐阜を知る」をコンセプトに、夜の中央図書館で開かれる「おとなの夜学」も12年目を迎えました。今期第1回目のテーマは、岐阜の遊里史、とりわけ金津遊郭/金津園と柳ケ瀬の形成・変遷についてです。遊郭の歴史だけでなく、その背景にあるまちづくりや社会の変化も掘り下げる講座となりました。

前半は東海遊里史研究家・ことぶきさんが登壇しました。金津遊郭は明治21年に設置許可を得て、岐阜市の都市発展と密接に関わり、遊郭関係者が市のインフラ整備に多額の資金を提供したことや、地域の名士の評価の変遷を紹介されました。

遊郭は映像作品などから華やかで好奇心を引き立てるイメージが先行していますが、イメージだけに頼らず史料から慎重に読み解く必要性を指摘しました。そして家族のための借金などを背景に、女性たちが仕事を選ばざるを得なかった状況や市民経済、行政との関わり、さらには戦争や復興といった社会的側面から遊郭について熱く語ってくださいました。

後半は岐阜市未来のまちづくり財団の白橋さんが登壇し、金津遊郭へのアクセス路や周辺の商業地として発展した柳ケ瀬の地理的特徴について詳しく解説されました。

柳ケ瀬が明治22年の市制施行とともに「柳ケ瀬新道」として整備されたことを起点に、当時の郊外の田畑や湿地、墓地から、濃尾震災後に商店や歓楽街、劇場が南方の新市街地へ移転した経緯がありました。電車の整備とともに露店が柳ケ瀬通りに移り、昭和期にはすずらん灯や丸善、岐阜劇場などが街の繁栄を支えました。戦時中の建物疎開や空襲、戦後の復興事業により道路や街区が大きく変わり、現在の柳ケ瀬と西柳ケ瀬の区分に影響した可能性もあるようです。歴史の裏側に隠された街の物語に参加者も興味津々でした。

お二人の話から、遊郭や歓楽街が市制・交通・商業・戦時協力・戦後復興と複雑に絡み合ってきたことがわかります。岐阜の街中には地域史を解読する手掛かりが残っていることを改めて知る夜となりました。

 イベントの様子を記録した動画がおとなの夜学ホームページから見られます。気になる方はぜひ動画をチェックしてみてくださいね。
おとなの夜学Youtubeページ(別のページに移動します)


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